調整金の流れが逆転した日――関税当局が求める調整金フォーマットの非対称な運用
はじめに
前回は、コミッションエージェントとして位置づけた海外子会社が恒常的に赤字を続け、原因を料率設定の低さに絞り込んだうえで、期末調整金でその場をしのぐのではなくコミッション料率そのものの見直しを提案したケースをお伝えしました。第3回は、これとは別のケースとして、機械のセットアップ業務はコミッション、保守用の消耗部品販売はバイセルという二本立ての体制を採っていた海外子会社が、事業拡大に伴って黒字化したことで調整金の支払方向が逆転し、思わぬ関税上の壁に直面したケースをご紹介します。
本シリーズは実際の複数の案件で見えてきたパターンを一般化・匿名化してご紹介するものであり、個別具体的な税務判断は登録税理士・国際税務専門家との連携を前提としています。
1.背景:機械はコミッション、消耗部品はバイセルという二本立て
ある海外子会社は、親会社が製造する機械の現地での据付・セットアップ業務についてはコミッションエージェントとして位置づけられ、コミッションフィーを受け取る一方、その機械の保守に使う消耗部品(比較的頻繁に交換が必要となる部品)については、親会社から仕入れて現地で販売するバイセル取引として扱われていました。同じ子会社の中に、在庫リスクを負わないコミッション部分と、在庫リスクを負うバイセル部分が併存していたわけです。前回ご紹介したケースとは異なり、コミッションフィーの料率自体は当初から比較的適正な水準に設定されていましたが、事業立ち上げ当初は取扱数量そのものが少なく、コミッション部分・バイセル部分を合わせた全体の業績が振るわなかったため、期末には日本の親会社から海外子会社へ調整金を支払うことで独立企業間価格レンジに収める運用が続いていました。
2.問題の顕在化:事業拡大による黒字化と、関税当局の壁
ところが、その後、機械の販売台数が伸びるとともに、消耗部品の販売数量も増加しました。消耗部品(バイセル)部分は取扱金額が大きく、利益もそれなりに出る設定だったため、コミッションフィーがもともと適正な水準に設定されていたコミッション部分に消耗部品(バイセル)部分の収益が上乗せされる形で、子会社全体の業績は黒字に転じただけでなく、独立企業間価格レンジの上限を上回る水準まで拡大しました。事業拡大そのものは喜ばしい結果である一方、移転価格上の調整の観点からは新しい問題を持ち込むことになりました。独立企業間価格レンジに収めるための調整金の支払方向が、従来とは逆に、海外子会社から日本の親会社へ支払う形に転換する必要が生じたのです。
ここで判明したのが、進出先国の関税当局が、移転価格調整をあらかじめ予定している取引について、独自のフォーマット(様式)を定めているという事実でした。このフォーマット自体はどちらの方向の調整金にも定められていたのですが、運用には非対称な特徴がありました。日本から海外子会社へ調整金を支払う方向(海外子会社が受け取る方向)であれば、フォーマットを充足していなくても特に問題にされない一方、海外子会社から日本の親会社へ調整金を支払う方向になると、その支払いを移転価格上の正当な調整として認めてもらうために、あらかじめ定められたフォーマットに沿って調整を予定していたことを事前に示す必要があり、それができなければ調整自体が認められない、という運用だったのです。さらに調べると、この制度は子会社の設立からしばらく経ってから導入されたものであり、設立当初の段階でこの要件を見越しておくことは、現実的には難しかったこともわかりました。
3.技術的な分析:関税評価と移転価格調整の非対称性
第2回でも触れたとおり、移転価格上の調整金は関税評価額にも波及し得る論点ですが、今回のケースはさらに一歩踏み込んで、進出先国の関税当局が調整金そのものをどう扱うか(認めるか認めないか)という運用によって、対応が大きく左右されることを示すものでした。
移転価格税制上の調整金(true-up)は、日本の税務当局との関係では、算定方式・タイミング・適用条件を取引開始前に移転価格ポリシーやグループ間契約書等で明文化しておくことが望ましいとされています。しかし、輸入取引を伴うクロスボーダーの取引では、これとは別に、進出先国側が調整金をどう扱うかという、独立した論点が存在します。
進出先国の税務・関税実務では、現地の税収を減らす方向に働きかねない調整については、恣意的な操作を防ぐ観点から、あらかじめ定められた客観的なフォーマット・算定式に基づく調整であることを事前に示せなければ認めない、という運用を取る国が少なくありません。今回のケースも、この構図が現れたパターンであり、海外子会社から日本の親会社へ支払う方向の調整金についてのみ、事前に定められたフォーマットの充足が求められていました。
今回のケースでは、この非対称な運用そのものに加え、当該国でこの要件が導入されたタイミングが子会社設立後だったという事情が、問題の発見を難しくしていました。移転価格ポリシーの設計時点では存在しなかった規則が、事後的に、しかも「支払う方向」のときだけ効いてくる形で適用されることになったわけです。
なお、日本側にも、この調整金を確実に回収しておくべき事情がありました。仮に日本の親会社が、独立企業間価格上受け取るべき調整金をあえて回収しないという判断をした場合、その未回収額が国外関連者に対する寄附金と認定されるリスクが生じます。租税特別措置法66条の4第3項により、国外関連者に対する寄附金は全額が損金不算入とされており、認定を受けた場合の税負担は軽くありません。進出先国側のフォーマットの問題と、日本側のこの寄附金認定リスクとが重なり、この調整金は「今回は難しいので先送りしておく」といった対応が許されない性質のものだったわけです。
4.是正と教訓:調整金は「極力発生させない」のが一番の備え
このケースでの是正は、まず進出先国の関税当局が定める所定のフォーマットを確認し、今後の調整金についてはそのフォーマットに沿って事前に取り決めておく形で対応しました。ただし、これはあくまで対症療法です。より本質的な教訓は、別のところにあると考えています。
調整金(true-up)は、そもそも日本の移転価格税制上、期中の対価が独立企業間価格レンジから外れてしまった場合の事後的な是正手段です。逆にいえば、期中の価格・料率設定が適正なレンジに収まっていれば、期末に大きな調整金を計上する必要性自体が小さくなります。第2回でお伝えした「料率設定そのものを見直す」という教訓とも重なりますが、調整金は本来、極力発生させずに済むように運用するのが望ましいという原則は、今回のケースにも当てはまります。調整金の発生頻度・金額そのものを抑えられれば、その調整がどちらの方向に生じるかという論点の重みも、おのずと小さくなるからです。
とはいえ、事業環境の変化によって、期中の価格設定だけでは吸収しきれない乖離が生じ、調整金が必要になる場面そのものを完全になくすことはできません。そうであれば次に重要になるのは、調整金が生じるとしても、双方向(支払う可能性・受け取る可能性の両方)を想定した運用にしておくことです。今回のケースのように、調整金の向きが一方向であることが当たり前の前提になっていると、実際に向きが変わったときに、想定していなかった手続き上の壁に直面するリスクが高まります。双方向を前提にした移転価格ポリシー・契約と、進出先国の手続き上の要件を事前に把握しておく体制の両方を備えておくことが、こうしたリスクへの現実的な備えになります。
また、こうした現地の制度は、子会社の設立時点では存在しなくても、その後の法改正で新設・変更されることがあります。一度整えた移転価格ポリシー・契約書がそのまま有効であり続けるとは限らず、進出先国の制度変更を定期的に確認しておく体制も、あわせて必要になります。
おわりに
調整金は、本来は法人税(移転価格税制)上の是正手段ですが、輸入取引を伴う場合には関税評価額にも波及し、進出先国の関税当局が求める手続き・フォーマットという、もう一段別の確認が必要になります。今回のケースの直接の引き金は、この事務的な様式の問題であり、進出先国の制度変更を継続的にキャッチアップする体制の大切さを改めて示すものでした。
ただ、それ以上に大切なのは、調整金という手段そのものに過度に頼らない運用だと考えています。期中の価格・料率設定を適正なレンジに収め、調整金の発生自体を極力抑えること、そして万一発生するとしても、その向きが双方向にあり得ることを前提に移転価格ポリシー・契約を整えておくこと。この2点を押さえておければ、今回のような、支払う方向に転じて初めて顕在化する制度上の壁に直面するリスクも、相応に小さくできるはずです。
なお、関税評価額の調整に関する手続き・フォーマットの要否は、進出先国の関税法令や運用によって大きく異なり、頻繁に改正される分野でもあります。実際の対応にあたっては、現地の関税専門家・国際税務に詳しい税理士との連携をお勧めします。
次回は、コミッション取引からさらに一歩進み、バイセル(仕入れて売る)形態へ転換した後に生じた、別のケースをご紹介します。
木村公認会計士事務所 木村 仁
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