業績悪化時の移転価格の問題――限定的リスク事業者と損益シェアの境界線
はじめに
前回は、黒字化した海外子会社への調整金の支払方向が逆転したことで、進出先国の関税当局が求める調整金フォーマットという新たな論点に直面したケースをご紹介しました。第4回は、コミッション取引からさらに一歩進み、バイセル(仕入れて売る)形態へ転換した後、事業の業績悪化にともなって、海外子会社がどこまで損失を分担すべきかが問題になったケースをご紹介します。
本シリーズは実際の複数の案件で見えてきたパターンを一般化・匿名化してご紹介するものであり、個別具体的な税務判断は登録税理士・国際税務専門家との連携を前提としています。
1.背景:代理人PEリスク回避のためのバイセル化
現地子会社による販売支援活動が、価格・納期等の交渉に実質的に関与するような内容に踏み込んでいた案件で、代理人PEと認定されるリスクが懸念されました。現地子会社の従業員が本社に代わって顧客対応を行い、その活動が契約締結に直結していると評価されれば、当該子会社が本社の代理人PEを構成すると判断される可能性があります。この論点を解決する一つの方法として、コミッション取引から、子会社が本社から製品を仕入れて自らの名で顧客に販売するバイセル取引へと転換しました。
ここで、そもそもなぜ代理人PEをそれほど避けたいのか、あらためて整理しておきます。代理人PEが認定されると、進出先国の税務当局は、現地子会社とは別に、日本の本社自身がその国に(擬制的な)支店を持っているものとして扱い、本社の事業から生じる利益のうち、PEに帰属する部分について、現地での申告・納税を求める権利を持つことになります。移転価格が、現地子会社と本社という、別々に課税される2つの法人の間で利益をどう配分するかという論点であるのに対し、代理人PEは、本来は日本でしか課税されないはずの本社自身の利益の一部を、現地当局が新たに課税対象として取り込んでくるという点で、性質が異なります。本社が現地子会社とは別建てで追加の登録・申告義務を負い、原価や契約内容といった内部資料の開示を求められる事務負担に加え、PEへの利益帰属の算定は、独立した2社間の取引と異なり比較対象を見つけにくいため、当局間の見解の相違による二重課税が生じやすく、その解消も難航しがちです。これが、代理人PEを避けたい実務上の理由です。
もっとも、この転換によって子会社が担う機能そのものが大きく変わったわけではありません。この製品は受注生産(オーダーメイド)であり、実際の物流も本社から顧客の工場へ直送する形を取っていたため、子会社は現地で製品を保管・在庫することなく、納品後の据付・セットアップ作業を担うにとどまっていました。加えて、製品の開発機能や、それによって生み出される特許・ノウハウ等の無形資産は、転換の前後を通じて一貫して本社側が保持しており、子会社が担っていたのは、現地顧客のニーズを聞き取り、それを踏まえたカスタマイズの内容や納期を本社と調整し、本社の原価をベースに顧客との価格交渉を行うことに限られていました。つまり、子会社は現地顧客との窓口・調整役という機能にとどまり、製品の企画・開発という付加価値の源泉や、原価構造・価格設定の基準そのものは、引き続き本社側に残されていたわけです。
この機能配分を踏まえ、転換後の子会社は、契約上は買主として在庫リスクを形式的に負う立場になったものの、実際には受注生産・直送という取引実態により在庫を保有せず、機能・リスク分析上も限定的リスク事業者(限定的リスクディストリビューター)として位置づけられ、市場環境にかかわらず一定の安定した利益水準を確保できるよう、独立企業間価格レンジが設定されました。これによって代理人PEの論点は解消しましたが、話はそれで終わりませんでした。
2.問題の顕在化:業績悪化と、損失分担をめぐる摩擦
バイセル化の検討を始めた当初は、業績が堅調だった時期の実績をもとに試算したところ、比較対象企業データから導かれるレンジの範囲内に無理なく収まる見込みでした。ところが、その後、この事業の売上げが減少に転じ、状況が変わっていきます。バイセル化した事業はもともと利益率の低い商売であり、売上げの減少がそのまま採算の悪化に直結しやすい構造でした。それでも従来どおり子会社の利益をレンジ内に収めようとすると、日本側が負担する損失が拡大していき、日本側が赤字に陥る水準にまで達しました。
こうした状況の中で、本社側からは、事業全体が苦しいのだから子会社側にも応分の負担をしてもらうべきではないか、という声が上がりました。子会社が限定的リスク事業者として一定の利益水準を確保し続ける一方、本社側だけが損失を膨らませていく状態が続くのはおかしいのではないか、事業全体の業績が厳しい局面では、子会社の利益をレンジの下限を割り込むところまで引き下げる、あるいは赤字も分担してもらう形にして、双方が赤字を分かち合うべきではないか、という主張です。
3.技術的な分析:損益シェアの可否は機能・リスク分析が決める
バイセル化にあたり子会社を限定的リスク事業者として位置づけた以上、その対価は、TNMM(取引単位営業利益法)上、市場環境の良し悪しにかかわらず、一定のレンジに収まる安定した利益水準として設計されているのが本来の姿です。この設計の裏側にある考え方は単純です。市場の変動によって生じる上振れ・下振れのリスク(いわゆる市場リスク)を引き受けているのは、限定的リスク事業者ではなく、本人(この場合は日本の本社)側だからです。第1節で見たとおり、製品の開発機能・無形資産と、原価構造・価格交渉の基準の決定権は、いずれも本社側にありました。子会社が担っていたのは、現地の顧客ニーズを吸い上げ、本社が決めた原価をベースに価格交渉や納期調整を行うという、実行・調整機能にとどまります。製品の競争力や採算性を左右する意思決定の主導権が本社側にある以上、市場環境の悪化によって生じる採算悪化のリスクも、本社側が引き受けるべきものと整理するのが、機能・リスク分析上は筋の通った結論です。
この原則からすると、「事業全体の業績が悪化しているのだから、子会社にも応分の負担をしてもらう」という発想は、機能・リスク分析とかみ合っていません。子会社が限定的リスク事業者として位置づけられている以上、市場悪化に伴う損失を引き受けるべき主体は、契約上・機能上、本人である日本側です。逆に言えば、事業が好調で大きな利益が出ている局面でも、その上振れ分を子会社に厚く配分する必要はなく、子会社の取り分はあくまで、その限定的な機能・リスクに見合ったレンジ内の安定した水準にとどめるのが筋です。損益のシェアを、道義的な「みんなで痛みを分かち合う」という発想で決めるのではなく、あらかじめ定義された機能・リスク分析に基づいて機械的に決める、という原則が、ここでも当てはまります。
もっとも、この原則がそのまま適用できるのは、子会社が実際に限定的な機能・リスクしか負っていない場合に限られます。もし子会社が、価格決定や在庫の積み増しといった、実質的な事業判断にまで関与しているのであれば、話は変わってきます。その場合は、子会社が引き受けている機能・リスクの実態そのものを見直したうえで、レンジのあり方自体を再検討する必要があります。
また、ここでいう「レンジ」は固定値ではなく、独立企業の比較対象データに基づいて算定されるものです。業界全体が地盤沈下するような局面では、比較対象企業の実績自体が悪化し、レンジそのものが緩やかに下方シフトすることも理論上はあり得ます。もっとも、それはあくまで客観的な比較対象データの見直しによるものであって、本人である日本側の意向だけで子会社の取り分を引き下げることとは、性質の異なる話です。
4.是正と教訓:「みんなで分担」は移転価格税制にはなじまない
この結論は、日本側にとって必ずしも心地よいものではありません。契約上・機能上、その損失を引き受けるべきなのは日本側であり、子会社に痛みを分けてもらうことはできないからです。しかし、これは裏を返せば、事業が好調なときに享受してきた「上振れ分を独り占めできる」構造と表裏一体の関係にあります。
実務上重要なのは、こうした損益シェアの可否を、業績が悪化してから場当たり的に議論するのではなく、バイセル化などの取引再編を行う時点で、機能・リスク分析に基づいてあらかじめ整理し、契約書や移転価格ポリシーに落とし込んでおくことです。業績が良いときには意識されなかった前提が、業績が悪化して初めて「本当にこれでよかったのか」と問われることになる、というのは、このシリーズで繰り返し見えてきたパターンでもあります。黒字か赤字か、支払う側か受け取る側かといった方向は、事業環境の変化に伴っていずれ反転しうるものです。一方向にしか耐えられない設計は、その反転が起きた瞬間に綻びを見せることになります。
おわりに
代理人PEリスクへの対応としてバイセル化を選択すること自体は有効な手段ですが、これによって国際税務上のリスクが消えるわけではなく、姿を変えて移転価格税制上の論点として現れます。今回のケースは、その典型例でした。
限定的リスク事業者として位置づけた海外の関連会社が、事業の業績悪化局面でどこまで損失を分担すべきかという論点は、感覚的な公平論ではなく、機能・リスク分析に基づいて答えが決まるものです。「困ったときはお互い様」という発想は、グループ内の人間関係としては自然かもしれませんが、移転価格税制の枠組みの中では、それだけでは正当化できません。
なお、機能・リスク分析の当てはめや、損益シェアの妥当性判断は、取引の実態によって個別性が高く、専門的な判断を要する事項です。実際の検討にあたっては、移転価格税制・国際税務に詳しい税理士・専門家との連携をお勧めします。
次回は、これとは別のケースとして、移転価格上の対価と、社内の管理会計上の評価とのズレが問題になったケースをご紹介します。
木村公認会計士事務所 木村 仁
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