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木村公認会計士事務所

売上はいつ立てるべきか——収益認識基準が解いた「あつものに懲りてなますを吹く」問題

  • 執筆者の写真: 仁 木村
    仁 木村
  • 6月1日
  • 読了時間: 7分

はじめに

収益認識基準(企業会計基準第29号)は2021年4月1日以後に開始する事業年度から、上場企業等に強制適用されています。「うちはもう対応済み」という会社も多いはずです。では、なぜ今この話をするのか。

基準を適用したとしても、実際の取引に即して判断が難しい局面は必ず出てきます。技術の新旧・貿易条件・セットアップの実施主体など、契約ごとに異なる事実をどう整理するか——そこに答えを出すプロセスこそが基準適用の本質です。また、M&Aで新たに子会社が加わる場合や、IPO準備で金融商品取引法の開示が求められる段階では、収益認識の判断基準・文書化・レビュープロセスを改めて整備する必要が生じます。

この記事で取り上げるのは、基準適用のタイミングで正面から判断に向き合い、監査法人とも協議しながら類型化・運用設計を整えた会社の事例です。難しい判断をどう乗り越えたか、その思考プロセスをお伝えします。


「検収確認書をもらえるまで、絶対に売上に計上しない」

そう徹底した会社がありました。かつて不正会計が発覚し、売上の前倒し計上が問題になった。その反省から、検収確認書を絶対条件とする厳格な運用が根付いていたのです。

姿勢としては正しい。しかし現実は、思わぬ形でその運用を揺さぶりました。


1.中国顧客が「検収確認書」をくれない

この会社が製造・販売していたのは製造装置です。日本国内や欧米の顧客からは、設置後に比較的スムーズに検収確認書が得られていました。ところが中国の顧客に、いつまでも確認書を出してくれないケースが散見されました。

会社の主たる出荷プロセス

·        出荷前に工場で装置を組み立て、顧客の材料等を使って製品製造テストを実施。当該製造物の合格を確認してから装置をばらし、輸出する。

·        顧客の工場で再組み立てし、再度現地でテストを行い、問題なく稼働する状態になってもなお、検収確認書が届かない。

なぜか?「合格にしてしまった後で不具合が出ても、もう文句を言えないのでは」という懸念が顧客側にあるのではないか、と感じられました。確認書にサインすることで、自分たちの責任になることを避けたい。そういう心理的・文化的な背景があったと思われます。

一方、支払い条件の多くは「工場設置後に代金の90%を支払う」というもの。代金は受け取っている。装置は顧客の工場にある。稼働もしている。しかし検収確認書がないため、売上ではなく前受金として処理されていました。顧客の振る舞い次第で売上計上のタイミングが決まる。これは会計として正しい姿でしょうか。


2.収益認識基準の5ステップで考える

日本でも2021年4月1日以後に開始する事業年度から、収益認識基準(IFRS 15をベースに開発された日本基準)が強制適用となりました。この基準が問いかけるのは、「検収確認書の有無」ではなく「履行義務が果たされているか」という点です。

ステップ1:契約の識別 顧客との契約は成立しているか?→受注・出荷・設置・90%入金まで完了、契約は明確に成立しています。

ステップ2:履行義務の識別 契約の中にいくつの約束(履行義務)があるか?→ここが最大の論点でした。「装置の納入」と「据付・セットアップ」は別の履行義務か、それとも一体か。代理店が設置する場合、子会社が担当する場合、本社技術者が出向く場合など、実態はケースごとに異なります。

ステップ3・4:取引価格の決定と配分 セットアップを別の履行義務と整理した場合は、独立販売価格を見積もり、対価を按分します。

ステップ5:履行義務の充足時点での収益認識 支配が顧客に移転したとき、収益を認識します。「検収確認書をもらったか」ではなく、「いつ顧客が装置を支配し履行義務を充足したか」という事実判断が求められます。


3.「履行義務が果たされているか」を決める判断軸

監査法人とも協議しながら、以下の観点で各案件を類型化しました。

·        技術の新しさ:新規技術を組み込んだ装置か、既存の実績ある技術の繰り返しか。新技術の場合、現地での調整・チューニングが不可欠なケースでは、その完了(顧客による検収)が履行義務充足の判断において重要な指標となりうる。逆に既存技術の繰り返しであれば、出荷前テストの合格で主たる義務は果たされていると整理できる場合がある。

·        出荷前テストの実態:既存技術の案件において、顧客の材料を使った出荷前テストで合格を確認済みであれば、主たる技術的義務は出荷前に完了していると整理できる場合がある。

·        セットアップの実施主体:本社・子会社が現地でセットアップを行うなら別の履行義務として分離する。代理店に委託する場合は代理店の作業完了をもって認識タイミングを判断する。なお、セットアップは図面と一定程度の経験があれば専門技術者以外でも対応できる作業であり、顧客が単独で便益を享受できることから、装置の納入とは別個の履行義務として整理するのが原則的な考え方となる。

·        支配の移転事実:装置が顧客の工場に搬入され、稼働している。代金の90%が入金されている。実態として支配は移転している。

これらを組み合わせた結果、認識タイミングの整理は次のように類型化できました。

·        出荷時:既存技術・出荷前テスト合格済み・セットアップなし

·        工場搬入時:輸送リスクが顧客移転後も残る場合

·        セットアップ完了時:セットアップが独立した履行義務である場合

·        検収合格時:新規技術・顧客検査が完了基準に含まれる場合

検収確認書の有無ではなく、事実に基づいて履行義務の充足を判断する。これが収益認識基準の本質です。


4.「あつものに懲りてなますを吹く」からの脱却

不正会計への反省から生まれた検収確認書の絶対化は、一種の過度な保守主義でした。適切な売上計上を先送りし、前受金が積み上がり、業績の実態が財務諸表に正しく映らない。それはそれで、財務情報の歪みです。

収益認識基準の適用は、「検収をもらえるまで売上を立てない」という形式的なルールを、「履行義務が果たされたら売上を立てる」という実態ベースの判断へと切り替える機会になりました。監査法人との対話を重ねながら類型化を進め、根拠のある認識タイミングを整備していく作業は、簡単ではありませんでしたが、財務報告の質を高める意味で非常に価値のある取り組みでした。


5.期末レビューという「仕掛け」

類型化のルールを整備しただけでは終わりません。日常業務では引き続き検収合格書ベースで管理しつつ、四半期末・年度末のタイミングで「検収確認書は未入手だが、履行義務は果たされている可能性がある案件」をリストアップする運用を設けました。

そのリストをもとに、営業・品質保証・技術・経理などの関係各部が一堂に集まり、案件ごとに以下を確認します。

·        契約内容と出荷・設置の状況

·        現時点での顧客との関係・進捗

·        技術的な観点での履行義務の完了有無

·        インコタームス(貿易条件)に基づくリスク移転のタイミング

特にインコタームスは見落とされやすい論点です。たとえばFOB条件であれば船積み時点で危険負担が移転しており、支配移転の判断においてリスク移転は重要な指標のひとつとなる(ただし決定的ではなく、他の指標との総合判断が必要)。EXWとDAPでは判断がまったく異なる。このように、個々の契約に適用されている貿易条件を確認したうえで、履行義務の充足時点を判断する必要があります。

このレビューの結論は文書化し、監査法人にも提出します。「なぜこの案件を売上に計上したか」「なぜ計上しなかったか」の根拠を、関係部署の合意のもとで記録に残す。この一連の仕掛けが、判断の恣意性を排除し、監査にも耐えうる売上認識の運用を支えました。


おわりに

収益認識の判断は、契約の中身・技術の性質・貿易条件・実務の実態を丁寧に読み解く作業です。「うちは検収基準でやっているから大丈夫」という一言で済む話ではありません。

この記事を読んで「なるほど、ではやってみよう」と思っていただけたなら、それが一番です。自分たちで取り組める方は、本記事を参考に実践してください。もし「理屈はわかるが、社内にやれる人間がいない」「どこから手をつけて良いかわからない」という状況であれば、そのときはお声がけください。類型化・運用設計・監査対応の伴走をお手伝いします。


木村公認会計士事務所 木村 仁

 
 
 

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