全体最適という仕組みは、誰が支えていたのか――経営陣の世代交代で露呈した、PMI後のグループ経営の宿題
- 仁 木村
- 7月21日
- 読了時間: 7分
はじめに
ブログ9では、増資によって子会社化した投資先企業(A社)を中間持株会社化し、新設分割・CMS・経営指導料によってグループとしての業務設計を組み立てた話をお伝えしました。A社・B社(A社がTOBで買収した会社)は、いずれもおおむね2年程度で黒字化を実現しています。今回は、その続きの話です。黒字化という当初の目的を達成したあと、このグループがどのような課題に直面し、どのような対応の選択肢があったかをご紹介します。
M&Aで子会社化した会社のPMIが軌道に乗ると、投資した側は徐々に経営の前面から引き揚げていき、その過程で後継者指名が行われるケースもあります。今回のグループでも、黒字化後、親会社から出向していた社長がやがて退任し、A'社・B社それぞれの生え抜き人材が社長に就任するという、自然な経営承継が進みました。この承継の局面で、それまで見えていなかった課題が表面化することになります。
1.出向社長時代:試されていたことと、試されていなかったこと
A'社・B社の間では、出向社長の時代から、製造現場の繁閑に応じた人員の融通は、すでに一定の前例をもって行われていました。この程度の融通であれば、その後生え抜き社長に交代してからも、大きな抵抗なく引き継がれています。
一方で、この時期はまだ、両社とも自社の赤字解消への対応で手一杯でした。各社が抱える、売れ筋ではない製品や、すでに衰退期に入った製品をどう取り扱うか、そこに就いている技術者をどうするか、という踏み込んだ判断は、まだ現実の検討課題になっていませんでした。製造現場レベルの人員融通と、事業の将来を左右する技術者の再配置とでは、必要とされる判断の重みがまったく違います。
2.黒字化後の環境変化と、生え抜き社長が抱えた難題
黒字化を達成したあと、グループはさらなる事業拡大と効率化を目指す段階に入りました。同時に、製品を取り巻く環境が変わり、各事業会社にとって、より先端的な製品開発への対応が必要になってきました。この開発に必要な技術者を確保するには、各社が抱える、売れ筋ではない製品や衰退期に入った製品を整理し、そこに就いている技術者を先端開発へ再配置する必要があります。
ところが、ちょうどこの時期に、親会社からの出向社長が退任し、A'社・B社それぞれの生え抜き人材が社長に就任するという、経営陣の世代交代が重なりました。自社の製品を切り捨てるという判断は、生え抜きの社長にとって簡単なものではありません。その製品を育ててきた歴史や、そこで働く従業員との関係を考えれば、なおさらです。結果として、各社の社長は、衰退期に入った製品を整理しきれないまま、そこに就く技術者を手放さず、抱え込む形になっていました。
持株会社の側でも、親会社に技術者の出向を働きかけるなど、外部から人材を補う動きは取っていました。ただ、外から人材を補うだけでは、各社の内部で温存されたままの技術者の偏在は解消されません。むしろ必要だったのは、各社が抱える製品の取捨選択という、社長個人には重すぎる判断を、どこかが引き受けることだったのだと思います。
3.全体最適を標榜する仕組みで留意すべきこと
この経験から言えることは、グループ内の協力関係がうまく回っているように見えるとき、それが制度によるものなのか、たまたまその時々の経営陣の人間関係によるものなのかを、見極めておく必要がある、ということです。ただし、今回のケースが示しているのは、それだけではありません。
現場レベルの人員融通と、事業の将来を左右する技術者の再配置とでは、必要とされる判断のレベルがまったく異なります。後者は、多くの場合、自社の製品をどう取捨選択するかという経営判断と表裏一体です。そして、自分が育ってきた会社の製品を自らの手で切り捨てる決断は、たとえそれが会社にとって合理的であっても、生え抜きの経営者にとっては相応の重さを持ちます。実際、黒字化そのものが、会計方針や各種規程類の統一、内部会議体の整理、子会社の合併、製造の内製・外注の最適化、構造改革といった、それまでの「当たり前」を塗り替える取り組みの積み重ねによって実現していました(ブログ9参照)。こうした変更を進めやすい立場にあったのが、しがらみの少ない出向社長だったのだとすれば、製品の取捨選択についても、同じことが言えたはずです。
全体最適を標榜する仕組みを設計するのであれば、衰退期に入った製品の取捨選択と、それに伴う技術者の再配置を、誰が判断する権限を持つのかを、あらかじめ決めておく必要があります。個々の事業会社の社長に委ねたままでは、その社長が自社の歴史や従業員との関係を背負っている以上、判断が先送りされがちです。持株会社なり親会社なりが、こうした判断に関与する仕組みを、経営陣の顔ぶれに依存せずに用意しておくことが、全体最適の実効性を左右します。
4.現状維持で対応するか、組織再編に踏み込むか
こうした課題が表面化したとき、対応の方向性は大きく二つに分かれます。一つは、現状の中間持株会社体制を維持したまま、資源配分や意思決定の仕組みを整えていく方向です。もう一つは、組織再編に踏み込む方向です。後者にはさらに、事業会社同士(A'社・B社)を統合し持株会社は純粋持株会社として残す案と、持株会社まで含めて一つの法人にしてしまう案とがあります。
現状維持で対応する場合、たとえば、衰退期に入った製品の取捨選択について持株会社が各事業会社の社長に代わって判断する権限を持つ、事業会社が抱える技術・人材ニーズを定期的に吸い上げて持株会社に集約する会議体を設ける、賞与に各社の業績だけでなくグループ全体への貢献度を反映させる要素を組み込む、といった対応が考えられます。この方向のメリットは、各社が独立した意思決定のスピードや、それぞれ異なる労働条件・評価制度を維持できること、そして将来のM&Aの受け皿としての機動性を保てることです。デメリットは、製品の取捨選択という重い判断を持株会社に委ねること自体、事業会社側の反発を招きかねないこと、そして仕組みが定着するまでに時間がかかることです。
組織再編のうち、事業会社同士の統合にとどめる場合、持株会社自体はそのまま残り、純粋持株会社として将来のM&Aの受け皿という機動性を維持できます。事業会社間の資源配分の問題は、この統合によって解消されやすくなりますが、持株会社側にも関連する機能や人材が残っている場合は、その扱いを別途整理しておく必要があります。
持株会社まで含めて一つの法人に統合する場合、賃金・評価制度を全社共通にし、研究開発などの機能を会社の枠を超えて再編することが可能になります。製品の取捨選択も、事業部長個人の判断ではなく、統合後の法人としての経営判断として位置づけやすくなります。個社の利益に紐づいていた人材の囲い込みインセンティブそのものを、制度の側から取り除くことができる、という意味では即効性があります。一方で、独立した意思決定のスピードや、将来のM&Aの受け皿としての機動性という、もともと中間持株会社という形態を選んだ理由(ブログ9参照)を手放すことになります。労働条件の統一に伴う混乱やコストも、当然発生します。
おわりに
どちらの方向を選ぶべきかは、事業の成長フェーズや業界特性、そして経営陣がどのような世代構成にあるかによって変わってくると思います。ただ、いずれを選ぶにせよ、衰退期に入った製品の取捨選択のように、個々の経営者には重すぎる判断を、誰がどのタイミングで引き受けるのかを決めておかなければ、全体最適を標榜する仕組みは、それを作った経営陣がそのままの顔ぶれでいる間しか機能しません。経営陣の世代交代を見据えて設計されているかどうかは、PMIの初期段階でこそ、意識しておく価値のある論点だと思います。
なお、この記事でご紹介した内容は、実際の事例をもとにしていますが、特定を避けるため、登場する会社の数や人物設定など、細部については一般化・変更を加えています。全体としての流れや論点そのものは、実際の経緯に沿ったものです。グループ内の資源配分や評価制度の設計は、労働法・税務・会社法それぞれの観点からの検討を要する話でもあります。実際に自社グループの制度設計を見直される際は、専門家の確認を取りながら進めていただくことをお勧めします。
この記事を読んで「自社グループの制度設計にも当てはまるかもしれない」と思っていただけたなら、それが一番です。もし「具体的な制度設計を一緒に検討してほしい」という状況であれば、そのときはお声がけください。伴走する形でお手伝いします。
木村公認会計士事務所 木村 仁

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