出張所が「サービス拠点」に化けるとき――駐在員事務所の「準備的・補助的活動」とPE認定の境界線
- 仁 木村
- 7月27日
- 読了時間: 7分
はじめに
今回から、海外進出の実務で見てきた国際税務のケースを、全6回のシリーズでご紹介していきます。進出形態には段階があります。まずは駐在員事務所レベルでの情報収集、次に業務委託による輸出補助、現地法人設立と業務委託、コミッション取引、そして仕入れて売るバイセル取引による本格的な移転価格対応――。このシリーズでは、それぞれの段階で実際に直面したリスクと、その是正のプロセスを、守秘のため業種・国・金額等を一般化・匿名化したうえでお伝えします。
なお、私は公認会計士であり、税理士登録はしておりません。このシリーズでご紹介する内容は、あくまで実務で見えてきた一般的な論点整理・パターン紹介にとどまるものであり、個別具体的な税務判断(税務代理や税務書類の作成、特定の事案に対する税務相談)は行っておりません。実際の案件を検討される際は、登録税理士・国際税務専門家との連携が前提になる点を、あらかじめお断りしておきます。
第1回のテーマは、市場調査目的で設置した駐在員事務所(出張所)が、事業の進展とともに、当初の目的から外れた機能を持つようになっていったケースです。
1.背景:輸出拡大に向けた情報収集拠点
ある製品の米国輸出を検討していた企業が、現地の法制度や業界動向、見込み顧客となりうる企業の情報を収集する目的で、米国に駐在員事務所を設置しました。目的はあくまで市場調査であり、契約締結や販売活動を行う拠点ではありません。この段階では、進出先国での納税義務は生じないというのが、駐在員事務所という形態を選ぶ最大の利点です。
2.問題の顕在化:いつの間にか「サービス拠点」に
輸出が本格化するにつれて、この駐在員事務所の役割は徐々に変質していきました。輸出した製品のセットアップに必要な機材の置き場として使われるようになり、さらに、現地で製品が故障した際の対応拠点としても機能するようになっていったのです。当初の「情報収集」という目的から見れば、いずれも自然な延長線上の使い方に見えます。ですが、この延長が、税務上は境界線を越えるかどうかの判断を要する話に変わっていきます。
3.技術的な分析:「保管」と「役務提供」の境界線
国際課税の基本原則として、一方の国の企業が他方の国で得た事業所得は、その企業が他方の国に恒久的施設(PE)を有する場合に限り課税される、という考え方があります(いわゆる「PEなければ課税なし」の原則)。OECDモデル租税条約第5条では、物品の保管・展示・引渡しのみを目的とする施設の利用など、企業全体の事業活動の基本的又は重要な部分を構成しない「準備的又は補助的な性格の活動」にとどまる場合は、PEに該当しないとされています。駐在員事務所は、その活動が準備的・補助的な範囲にとどまっている限りにおいて、この例外規定に守られる存在です。
今回のケースで問題になるのは、この例外規定の範囲です。輸出した製品のセットアップ機材を単に置いておくだけであれば、保管目的の施設として例外規定の範囲内にとどまる可能性があります。しかし、実際に現地で故障対応や修理といった役務提供行為を行うようになると、話は変わってきます。事業を行う一定の場所としてのPEに該当するかどうかは、①事業を行う場所が実質的に存在すること、②当該場所が一定の恒久性を有すること、③全部又は一部の事業活動がその場所を通じて行われること、が着眼点となります。単なる保管から一歩進んで、現地スタッフが継続的に修理・サービス行為を行っている実態があれば、これらの要件に当てはまりやすくなり、PEと認定されるリスクが高まります。
さらに留意すべきは、OECD/G20のBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトの行動7、及びこれを受けた2017年改訂のOECDモデル租税条約と日本の平成30年度税制改正により、この「準備的・補助的活動」の例外規定自体が限定される方向で見直されている点です。保管・展示等の活動であっても、それが企業全体の事業の基本的又は重要な部分を構成する場合には、例外の対象から除外されることが明確化されました。輸出が本格化し、故障対応が事業運営上欠かせない機能になっているとすれば、それはもはや「補助的」とは言い切れない可能性がある、ということです。
4.是正と教訓:業務委託への切り替え
このケースでは、独立した現地企業への業務委託に切り替え、駐在員事務所そのものを閉鎖する形で対応しました。故障対応やサービス機能を独立した現地企業に委託することで、PE認定リスクの根っこにあった「自社拠点で役務提供行為を継続して行っている」という状態を解消したわけです。
ただし、これで論点がすべて解決したわけではありません。業務委託に切り替えたとしても、委託先の業務範囲が修理のみにとどまっているか、実質的に販売支援(価格交渉や見積り作成支援など)にまで広がっていないかは、次の段階で改めて監視すべきポイントになります。委託先の活動が契約締結に直結するような内容に踏み込んでいけば、今度は代理人PEという別の論点が浮上してくるためです。この点は、シリーズの後半で改めて取り上げます。
なお、進出先国にグループ内の法人がすでに進出しているケースでは、業務委託先として、資本関係のない第三者ではなく、その現地法人を選ぶことも考えられます。その場合は、直接・間接の持株割合や実質支配関係によっては移転価格税制上の「国外関連者」に該当し、業務委託料そのものが独立企業間価格で設定されているかどうかが検証対象になる点に留意が必要です。委託先が第三者であれば市場の価格交渉を通じて自然に独立企業間の水準に収まりますが、グループ内法人への委託の場合は、外部の専門家に依頼するなどして、委託料の水準が移転価格上問題とならないことを事前に確認しておくことが望ましいでしょう。
この点に関連して、グループ内の役務提供については、詳細な経済分析(比較対象取引のベンチマーク調査)を省略できる簡便的な取扱い(セーフハーバールール)が用意されている場合があります。典型的には、経理・人事・ITサポートなど、企業グループの中核事業ではない支援的な性格の役務提供(いわゆる低付加価値グループ内役務提供)について、総原価に一定のマークアップを加えた金額であれば独立企業間価格として認められる、という簡便法です。中小企業がグループ内で役務提供を行う場面でも、対象となる業務がこの範囲に収まるのであれば、詳細なベンチマーク調査を都度行わずに済む点で実務上の負担軽減になります。ただし、今回のような製品の修理・保守サービスは、販売活動と一体で提供される性格のものであるため、この「低付加価値」の範囲に収まるかどうかは、業務の実態に即して個別に判断する必要があります。委託業務の性質によって使える簡便法が変わってくるため、この点も含めて専門家に確認することをお勧めします。
おわりに
駐在員事務所は、「情報収集にとどまる限り課税なし」という明快なルールの下にある一方で、その境界線は事業の進展とともに、気づかないうちに越えてしまいやすいものでもあります。今回のケースでは、保管と役務提供の境界を越えていたことに気づき、業務委託への切り替えという形で是正しましたが、こうした境界線の判断は、契約書の文言よりも実際の活動実態に基づいて行われます。海外拠点の活動内容は、定期的に棚卸しをしておく価値があると感じています。
なお、本稿でご紹介した内容は、あくまで一つのケースにおける当時の判断に基づくものであり、PE該当性の判断は進出先国の国内法や日本との租税条約の規定、活動の実態によって異なります。実際に検討される際は、現地の税務専門家・国際税務に詳しい税理士に確認しながら進めていただくことをお勧めします。
次回は、海外子会社をコミッションエージェントとして位置づけた際に生じた、期末調整金をめぐるケースをご紹介します。
木村公認会計士事務所 木村 仁
公認会計士

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