利益が減るのを嫌がったとき――税務上の移転価格と管理会計の分離
はじめに
前回までの4回では、PE認定リスクと移転価格税制という、それぞれ単独でも論点になりうるテーマを扱ってきました。第5回は、これらとは少し異なる角度から、移転価格税制への対応が社内の力学とぶつかったケースをご紹介します。
本シリーズは実際の複数の案件で見えてきたパターンを一般化・匿名化してご紹介するものであり、個別具体的な税務判断は登録税理士・国際税務専門家との連携を前提としています。
1.背景:兄弟法人が担う事業と、代理人PE対策
日本国内の事業会社A社の海外事業を、共通の親会社P社の傘下にある現地法人G社(A社とは親子関係ではなく、P社を共通の親会社とする兄弟会社の関係)が担っている体制がありました。A社関連の事業をG社が扱うようになったのは、P社によるA社のM&Aがきっかけであり、G社では従来からの親会社P社自身の事業に、このA社関連の事業が加わる形になっていました。両者は性質の異なる事業であり、移転価格税制上、別個の取引として捉える必要があります。
A社関連の事業のうち、部品についてはこの体制に入った当初からバイセル(仕入れて売る)取引として扱われていましたが、A社の完成品については、G社が営業準備行為とセットアップ作業を担う業務委託取引という形をとっていました。この体制のもとで、完成品についても代理人PEリスクへの対策として、業務委託からバイセル化への転換を検討することになりました。代理人PEリスクをなぜそれほど避ける必要があるのかについては、前回(国際税務第4回)のブログをお読みいただけると幸いです。
2.問題の顕在化:利益が減ることへの社内の反発
バイセル化にあたっては、G社内でA社事業に対応する切り出しPL(セグメント)の営業利益率が、A社事業の比較対象企業データから導かれるレンジに収まるよう、A社からG社への輸出時の仕切り価格を設定し直すことになり、この見直しにより日本側のA社の利益が減少するという試算になりました。これは、機能・リスク分析上、妥当な結果であったとしても、日本側の事業会社からすれば、自社の業績評価に直結する話です。
社内でまず紛糾したのは、このレンジに収まるよう仕切り価格を具体的にいくらに設定するかという点でした。レンジは一定の幅を持つ概念であるため、その範囲内のどこに仕切り価格を置くかによって、グループ全体の利益総額は変わらなくても、A社とG社それぞれの単体損益への配分は変わってきます。単体の業績評価に直結するだけに、この価格水準をめぐって社内では激しい駆け引きが生じました。
3.技術的な分析:税務上の移転価格と、社内の管理会計評価の分離
グループ内の複数の事業部門・拠点にまたがる取引に独立企業間価格を適用すると、特定の事業部門の管理会計上の業績(部門損益)が変動し、社内評価上の摩擦が生じることがあります。今回のケースでは、TNMM(取引単位営業利益法)に基づき、G社内でA社事業に対応する切り出しPL(セグメント)の営業利益率が、A社事業の比較対象企業データから導かれるレンジに収まるよう、A社からG社への仕切り価格を設定する形で独立企業間価格を算定していました。採用した解決策は、G社の切り出しA社事業PLと、A社のPLとを社内管理上合算(以下、便宜上「連結」と呼びます)し、営業利益段階で評価するというものでした。連結処理を行うと、A社からG社への仕切り価格は、A社側では売上高、G社側では売上原価としてそれぞれ計上されているため、レンジ内のどこに設定していても連結上は相殺消去されます。したがって連結後に残るのは、仕切り価格の水準に左右されない、G社が現地で担うA社事業そのものの営業利益であり、単体決算上でA社とG社の取り分がどう配分されようと、連結ベースの評価そのものには影響しない、という設計になっていたわけです。

図:仕切り価格の水準にかかわらず、A社の売上高とG社の売上原価が相殺消去され、連結後には事業全体の実質的な営業利益が残る
この区分が必要になるのは、単なる社内管理上の便宜にとどまりません。G社内のP社関連事業とA社関連事業は、性質の異なる事業であり、それぞれ異なる比較対象企業と照らして検証される必要があります。したがって、移転価格税制上は、G社全体を一つの単位として見るのではなく、P社関連事業とA社関連事業のそれぞれについて、固有の比較対象企業から導かれるレンジに収まっているかどうかを、別々に検証すべきことになります。
このため、移転価格文書化においても、G社側でA社事業に対応するPLを区分して作成しておく必要がある一方、A社側でも、日本の税務当局に対する移転価格文書化の必要性から、G社向け取引に対応する部分を切り出したPLを作成しておく必要があります。これにより、独立企業間価格の適用によって生じる部門インセンティブ上の緊張を、社内評価の仕組みの工夫によって緩和する形をとったわけです。
もっとも、連結ベースの評価にも限界がありました。採用した指標は営業利益段階のものであったため、G社の販管費にどの程度無駄が含まれているかまでは、この指標だけでは見通せません。実は、この点自体は、以前の業務委託費用の時代からくすぶっていた話でした。今回、バイセル化と評価指標の見直しという契機をとらえて、A社の社長やその周辺から、たとえば交際費のような費目の使われ方次第で連結の営業利益が目減りしているのではないかといった、これまで言い切れていなかった不満が一気に噴き出しました。これに対しG社は、自らも利益責任を負って予算を管理している以上、無駄な費用を使っているわけではないと反論し、それでもなおA社側が経費の内訳の開示を求めたことで、両社の間で摩擦が生じました。
ここで注意が必要なのは、社内向けの管理数値が、契約書や移転価格文書上の対価と混同・矛盾しないよう、帳簿・文書の管理を明確に分けておく必要があるという点です。税務調査や移転価格文書化の場面で、社内の管理会計上の数値と、契約・請求上の対価が食い違って見えると、かえって不要な疑義を招きかねません。あくまで、対外的・税務上の対価は独立企業間価格に基づくものとして一貫させ、社内評価のためだけの指標であることを、文書上も明確に切り分けておく必要があります。
もう一つの留意点は、A社とG社のように親子関係にない兄弟会社であっても、持株割合や実質支配関係により移転価格税制上の「国外関連者」に該当し得るという点です。「親子ではなく兄弟会社だから移転価格税制の対象外」という理解は誤りであり、共通の親会社P社の傘下にある兄弟会社である以上、通常の親子会社間取引と同様に、独立企業間価格の検証対象になります。
4.是正と教訓:分離運用の前提条件
このケースでの解決策は、あくまで「税務コンプライアンスは独立企業間価格で担保しつつ、社内評価は別の合理的な指標で行う」という分離の発想に基づくものです。部門ごとの利益が独立企業間価格の適用によって減少すること自体を回避しようとするものではなく、その利益減少が社内の評価・インセンティブに与える悪影響を、管理会計の設計によって緩和する、というアプローチである点が重要です。税務上の対価そのものを歪めて社内評価に合わせようとすることは、この分離の発想とは異なります。
この分離運用がうまく機能するかどうかは、経理財務部門だけの問題ではありません。A社の事業責任者に対して、なぜ税務上の対価と社内評価の指標が異なるのか、その理由と前提を丁寧に説明し、納得を得ておく必要があります。事業責任者からすれば、目の前で自社の利益が減る決定が行われるわけですから、単に「連結ベースで評価します」と伝えるだけでは、不信感が残りかねません。独立企業間価格の適用が税務上避けられない事情であること、そして連結ベースの評価が、グループ全体の実態をより正しく反映する指標であることを、双方向で共有できて初めて、この分離運用は現場で機能します。
とはいえ、双方向の説明を尽くしても、なお解消しない対立が残ることはあります。今回のケースでも、両者間で摩擦の生じた経費の問題については、最終的に本社であるP社が間に入って調整を図りました。分離運用は現場同士の対立を消し去る仕組みではなく、対立が生じた際に立ち返るための共通のものさしを用意するものであり、それでも解消しない部分には、グループ本社によるガバナンス上の関与が必要になる場面がある、という点も付け加えておくべきでしょう。
おわりに
移転価格税制への対応は、税務上の論点にとどまらず、社内の業績評価やインセンティブ設計とも密接に関わってきます。独立企業間価格の適用によって生じる部門損益の変動を、そのまま社内評価に反映させると、現場の納得感を損ない、かえって移転価格ポリシーの遵守そのものが形骸化しかねません。税務上のコンプライアンスと、社内マネジメントの合理性を両立させるための工夫として、管理会計上の指標を意図的に分離するという発想は、実務上、参考になる場面があるのではないかと思います。
なお、管理会計上の指標設計や、国外関連者の該当性判断は、グループの資本関係・実質支配関係によって個別に検討すべき事項です。実際の対応にあたっては、移転価格税制に詳しい税理士・専門家との連携をお勧めします。
次回はシリーズの締めくくりとして、国際税務への関心が薄かった組織に、どのようにして専門の課を育てていったかについてお伝えします。
木村公認会計士事務所 木村 仁
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