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木村公認会計士事務所

上場企業M&Aの買収価格をどう抑えるか――支配プレミアムと第三者割当増資の組み合わせ

  • 執筆者の写真: 仁 木村
    仁 木村
  • 7月6日
  • 読了時間: 9分

はじめに

上場企業をM&Aで買収する場合、株式を時価でそのまま取得できるわけではありません。一定期間の市場価格の平均などを基準に、支配プレミアムと呼ばれる上乗せが必要になるのが通常です。当該案件の当時は30%程度が目安と言われていましたが、これはあくまでその時期・その案件における一つの感触であり、一般的な相場として固定的に決まっているものではありません。市場環境や対象会社の状況によって変動するため、その時々の情勢に応じて証券会社等の専門家に確認すべき事項だと考えています。

ある案件では、買収企業・被買収企業の双方がM&Aに前向きでした。ただし、被買収企業は長く赤字が続いていた会社で、買収企業としては「適正な金額に抑えられないか」という発想が当然出てきます。今回は、このときに検討した買収価格の抑え方についてお伝えします。


1.支配プレミアムが必要になる理由

上場企業の株式は市場で日々取引されており、時価が観測できます。しかし、株式を買い集めて経営権(支配権)を取得しようとすると、市場価格のままでは既存株主が応じてくれません。経営権が移ることによる事業運営方針の変更期待や、買収後の株価上昇期待を踏まえて、市場価格に一定の上乗せをすることで、既存株主に株式を手放す動機を与える必要があります。これが支配プレミアムです。

一定期間(直近1カ月・3カ月・6カ月など)の市場価格の平均を基準に、そこへプレミアムを乗せて買収価格を決めるのが一般的な実務です。プレミアムの相場感は時代や市場環境によって変わるため、案件ごとに証券会社等に相談しながら水準を見極める必要があります。


2.被買収企業が長期赤字であることの意味

このプレミアムの考え方は、対象会社の業績が良好であることを前提にした発想です。今回のケースのように、被買収企業が長く赤字を続けていた会社である場合、買収企業からすれば「本当にプレミアムを乗せるべきなのか」という疑問が生じます。

赤字会社を買収するということは、買収企業の側にもそれ相応のリスクを引き受けることを意味します。事業の立て直しが計画どおりに進まなければ、投じた資金がそのまま損失につながる可能性もあり、買収企業として投資額を抑えたいという気持ちが強くなるのは自然なことです。今回のケースでも、単なる株式の買収ではなく、立て直しを含むM&Aとして経営の意思決定を行う中で、この点が強く意識されていました。

一方で、被買収企業の既存株主に対して、通常の相場観から外れた低い価格での買収(TOBなど)を持ちかけても、株主の理解を得るのは簡単ではありません。赤字企業であっても、株式を手放す既存株主にとっては「いくらで売れるか」が関心事であり、プレミアムなしの提案は受け入れられにくいのです。

そこで検討したのが、既存株主から株式を買い取る方法とは別の発想、すなわち第三者割当増資を使う方法でした。


3.第三者割当増資による支配権移転という選択肢

第三者割当増資とは、新株を発行し、特定の第三者(今回は買収企業)に引き受けてもらう方法です。新株発行の価格を時価とすれば、既存株主に対してプレミアムを支払う必要がありません。発行する株式数を調整することで、買収企業が過半数の支配権を取得できる設計も可能です。

この方法の最大の特徴は、お金の流れ先が既存株主ではなく被買収企業自身になることです。株式を買い取る方式であれば、買収企業が支払う資金は既存株主の懐に入りますが、第三者割当増資であれば、その資金は被買収企業の手元資金として残ります。

長く赤字が続いていた会社にとって、この資金は事業再建のための前向きな投資に充てられる原資になります。

今回のケースでは、買収企業と被買収企業はともにメーカーで、事業領域の一部が重なる提携関係にありました。これとは別に、被買収企業とは製造工程上隣接する装置を作っている、もう一つの上場企業との間でも、合併の相談が進んでいました。垂直統合と言えるほどの関係ではありませんが、事業領域を広げる判断として双方の買収を検討する中で、増資で得た資金をそのもう一つの会社の買収資金に充てるという、このスキームを思いついた、という経緯です。同時に進んでいた二つの買収ニーズを一つの増資でつなぐ形になったため、一石二鳥の効果が見込めました。


4.支配権移転を伴う第三者割当増資の手続き

支配権が移るタイプの第三者割当増資には、株主保護の観点から一定の手続きが求められます。

まず会社法上、公開会社が支配株主の異動を伴う第三者割当てを行う際は、特定引受人(買収企業)に関する事項を株主に通知・公告しなければならず、総株主の議決権の10分の1(10%)以上を有する株主がこれに反対する旨を通知したときは、株主総会の決議によって当該割当ての承認を受けなければならないとされています(会社法206条の2)。あわせて、上場規程上も、希薄化の比率が一定以上になる場合や支配株主が変わる場合には、経営者から独立した者による必要性・相当性の意見を取得するか、株主の意思確認手続きを行うことが求められます。

今回のケースでは、反対が10%に達しなければ株主総会の決議を経ずに進められる可能性もありましたが、大事を取って、最初から株主総会の普通決議で正式な承認を得る方針としました。実行のタイミングが被買収企業の定時株主総会の後に来る予定だったため、わざわざ臨時株主総会を開くのではなく、定時株主総会の議案として普通決議にかける形をとりました。結果から見ても、この判断は適切だったと思います。株主の理解を正面から得るプロセスを経たことで、その後の経営に対する納得感も高まりました。なお、これらの手続きの詳細や運用は時期によって変わり得るため、実行時には証券会社・弁護士等の専門家に確認することが不可欠です。


5.株主総会で示した「立て直し案」

普通決議で承認を得るためには、既存株主に対して「なぜこの増資が会社にとって良いことなのか」を説得力のある形で示す必要があります。

今回のケースでは、長く赤字だった会社に買収企業という親会社ができること、そして増資で得た資金を使ってさらに別の上場企業を買収し、グループとして事業を立て直していくという構想を、具体的な案として株主に示しました。単に「親会社ができます」というだけでなく、「親会社と、これから買収する別企業を含めた事業立て直し案」という、将来の絵姿まで示したことが、株主の理解を得る決め手になったと感じています。


6.二つの買収を合計で見る

別の上場企業の買収については、第三者割当増資を行った企業よりも規模の小さい会社であり、こちらは通常どおり支配プレミアムを乗せて買収を実施しました。

結果として、被買収企業(長期赤字会社)に対してはプレミアムなしの第三者割当増資で支配権を取得し、別の小規模な上場企業に対しては通常のプレミアムを乗せて買収する、という組み合わせになりました。二つの上場企業を単純にそれぞれプレミアムを乗せて買収するのに比べると、グループ全体で見た投資金額を抑えることができました。


7.増資価格の水準には注意が必要

ここまでの説明は、増資価格を時価に置けば支配プレミアムの問題は生じない、という前提で進めてきました。ただし、この「時価」は会社や交渉当事者が自由に決めてよい水準ではありません。

新株を「特に有利な金額」で発行する場合(有利発行)には、会社法上、株主総会の特別決議による承認が必要です(会社法199条2項・3項、201条1項、309条2項5号)。この「特に有利な金額」に当たるかどうかは、実務上、次のように判定されます。上場会社の場合、時価の出発点は、払込金額を決定する日の直前営業日の終値です(決定が市場終了後に行われた場合は、決定日当日の終値を用いることもあります)。この終値だけでなく、決定日前1か月間・3か月間・6か月間などの平均株価も時価の基礎として認められており、実務上はそのいずれか低い額と払込金額を比較し、その差が時価のおおむね10%以上であれば「特に有利な金額」に当たると判定されるのが一般的な目安です。たとえば、終値と各平均株価のうちいずれか低い額が100であった場合、払込金額がその90(時価から10%下がった水準)を下回ると、「特に有利な金額」に該当する可能性が出てくる、というイメージです。今回のケースは、増資価格をこの時価の水準に置くことでそもそも有利発行に該当しないため、第4節で述べた206条の2に基づく株主総会の決議(普通決議)で手続きを進めることができました。

また、たとえ会社法上の株主総会決議を適正に得られたとしても、それによって引受人(買収企業)が税務上の課税リスクを免れられるわけではありません。会社法上の手続きが整っていることと、税務上「時価」として適正な水準にあるかどうかは、別々に検証すべき事項です。引受人が法人の場合、時価より低い金額で新株を取得すると、時価との差額が受贈益として法人税の課税対象になり得ます(法人税法22条2項)。「対象会社が長期赤字だから終値が信頼できない」という理由だけでこの取扱いを覆すのは難しく、業績不振を理由に市場価格より低い独自の評価額(DCF法など)を時価とみなして発行価格を決める、という発想には注意が必要です。

ブログ8でご紹介した今回のケースでは、増資価格を市場価格そのものに置いているため、有利発行にも該当せず、受贈益課税の問題も生じません。ただし、これはあくまで増資価格を市場価格に置いているからこそ成り立つ話であり、その水準の見極めには常に注意が必要です。


おわりに

上場企業のM&Aでは、支配プレミアムの上乗せが「当然の対価」として語られがちです。しかし、対象会社が長期赤字であるなど、案件ごとの事情を踏まえれば、株式の買い取りという発想だけにとらわれず、第三者割当増資による支配権移転という選択肢を検討する余地があります。資金が既存株主に渡るか、対象会社自身に残るかという違いは、買収後の事業再建を考えるうえでも大きな意味を持ちます。ただし、このスキームが安全に成立するのは、増資価格を市場価格そのものに置いているからです。市場価格より下げてよい理由には決してならない、という点は重ねて強調しておきたいと思います。

ただし、この記事でお伝えした手続きやプレミアムの相場感は、あくまで一つの案件における当時の理解に基づくものです。制度や市場環境は変化するため、実際に検討される際は、証券会社・弁護士等の専門家に最新の状況を確認しながら進めていただくことをお勧めします。また、第7節でご説明したとおり、会社法上の手続きを適正に履践することと、税務上の時価が妥当であることは、別々に検証が必要な事項です。「株主総会の承認を得たから大丈夫」ではなく、増資価格の決め方そのものについて、会社法面と税務面の両方から専門家の確認を取ることをお勧めします。

この記事を読んで「自社のM&Aでも検討の余地があるかもしれない」と思っていただけたなら、それが一番です。もし「具体的なスキームを一緒に検討してほしい」という状況であれば、そのときはお声がけください。伴走する形でお手伝いします。


木村公認会計士事務所 木村 仁

 
 
 

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